「十角館の殺人」(著者:綾辻行人)

 読了。
 いや〜面白かった。以下感想を書きますが、ネタバレを完全に防ぐことは出来ないのでまだ読んでいない方はご遠慮ください。


 粗筋は……半年前に4重の殺人事件が行われた孤島。いまだ未解決のその事件の舞台となった十角館に推理小説研究会に属する7人がキャンプに訪れる。しかしその館で見つけたものは殺人予告のプラカード。そして連続殺人事件が幕を開ける……というもの。


 「やられたっ!」
 犯人を知った時の感想は、この一言に尽きます。ラストも近くなり被害者が明らかになるにつれて覚え始める違和感。あれ、あれれ? との戸惑いのうちに明かされる真犯人・真相。これには参りました。
 全く想定外の「真実」。犯行のトリック自体は難しくありません。むしろ私としては、犯人は館などの閉鎖的状況で起る密室殺人としては真っ先にその疑いを晴らしておかなければならない立場のキャラクターなのに、その疑いを晴らさずにずるずると進んでいくのでおかしいな〜、何て考えていました。
 でもこの小説は犯人・並びに真相から目を逸らすのが非常に上手かった。その一つが、孤島に集まったキャラクター全てにアリバイがなく、また状況的に誰もが犯行可能であること。「犯行が可能なのは唯一、犯人だけ」ではなく「誰もが犯行可能」であるから全く推理が不可能であるのです。既存の推理小説……例えばエラリイ・クイーンばりの「読者への挑戦状」を求める人にとっては、物語の中途に不満を感じるかもしれません。
 でもちゃんと「読者への挑戦状」はあるのです。小説の冒頭でエラリイが述べているように(こういった遊びという点も面白いなぁ)。
 これが推理小説であり、しかもフェアであることは最後まで読んだ人はきっと納得できるでしょう。いや、もうほんと、やられた。この敗北感こそがミステリーを読む最大の楽しみであることを痛感しました。させられました。
 ここ数年でこの「やられた」感を味わったのは「クビシメロマンチスト」「コズミック」「星を継ぐもの」ぐらいかな。そしてそれらの中でもっとも「正統派」でした。まぁ、星を継ぐものも正統派だけど、SFだからちょっと比較から外してね。
 構成としては完全にアガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」がモチーフです。ですからそれを先に読んでいたほうが絶対に面白い。「そして誰もいなくなった」を読んでいるからこそ疑わしく考えてしまうミスディレクションが貫かれており、その点でも上手いと思わざるえません。
 それに関連して、遊び心も溢れてます。メタ的な推理を行う読者に対しての罠もバッチリなのもまたニクイ。キャラクター名がそれぞれ推理小説の作家と同じなので、その作品を知っているだけで惑わされてしまいます。また同様に、その作家や作品を知ってると楽しめる点もちらほら。私は推理小説はそれほど多くは読んでないので(オルツィとルルウは読んだことない……というか知りません。知らずに読んでるかもしれないけれど)、おそらく理解し切れていないところが多々あるのでしょうが、それでも楽しめるのですからすごい。
 それらの「知らない」ことに対して最も残念だったのが、作中に出てくる手品のタネを知らなかったこと。このタネを知っているのと知らないのとでは、おそらく物語の味わい深さがまた変わってくると思います。手品の一つ目は、マジシャンと被験者の二人がそれぞれ違うトランプの目を相手に同時に覚えさせ、それを手札に戻した後にカットして開示すると全く同じ目になっているというもの。もう一つは、被験者にあるトランプの目を念じさせた後に、マジシャンが箱の中に入っているトランプからその一枚を引き当てるというもの。これはそれぞれが「島田・江南とエラリイと、本島と孤島と違う事件捜査の下で、同じ犯人を思いつく」という状況と、「読者が思い浮かぶ犯人(52枚のように7人のどれもが当てはまる)を、綾辻行人が引き当てる」という状況とにそれぞれかぶっているように思えたのです。
 もしタネを知っているのならば、そこから真実を引き当てられたのか。それとも更なるミスディレクションに引っかかってしまったのか。
 その楽しみを味わえなかったのがなんとも残念です。
 今からでもいいので、誰かこの手品の種明かしを教えてプリーズ(泣


 とにかく面白かったです。満足。読み終わった直後に本屋に走って、文庫化してる館シリーズを全巻集めてきてしまったほどですw
 ま、読むのは他の作者を間に挟んでからにしようと思いますが。